体が硬いどっとこむ

日本人は細かいことを考えなおした方がいいのではないか?

8月
23

最近、20世紀後期は技術の世界では、
日本人は細かいことを気にするネチネチした特性という一点がグローバルでも武器になっていたのだけど、それが00年代から楽観的な人が増えたというか、設備や本質が整っていないのに、雑でも物事を進めるということが大事みたいな思想がたくさんの会社や組織を支配しはじめて、今、まさに日本のマンパワーは弱体化しつづけている。

細かいネチネチが残っているのは解決することが目的でもない会議や稟議。時間を消費する。
組織人ではない僕にだってわかるほどに。

これを弱体化と捉えることもできるし、八百万の世界に戻っているとも捉えられるけど、八百万の世界に戻るんだったら、どんな敵が攻めてきても迎撃できるぐらいに防衛費にお金を注いで、鎖国して追求したほうがいい。
アニメのバリアーとか○○フィールドみたいに。たぶん、そんなことはできない。

自力でできないことの対価とは

8月
08

クライアントの担当の方から、以前、デザインしたWEBページをどこかの会社のCMSにするというので、素材がほしいという。
機能の面で、以前から、本気でやるのならば、そのほうがいいと言っていたので、それはいいことだと思い、善意でPSDを渡したら、先方の業者はこれはラフデザインだから、JPEGやPNGで素材を欲しいという。

はい、知らんがな案件でました。

僕とクライアントの会話の脈略としては、どうでもいいのだろうけど、何日もかけて作ったPSDのデータはラフデザインじゃねーよと言いたいw
もちろん、システム会社がそんな深く考えていないで言っていることも分かっている。

需要がないものは価値がないとも言えますが、じゃあ、需要のある価値のあるものって、普通は対価というものが発生するとも言えます。

というか、クライアントが知らないのをいいことに変なことを吹聴せず、まず公開中のWEBページのソースコードから拾っていいか確認して、スプライト画像だったら、自力で切り出せよ!

なぜ、その会社のサポートをしないといけないのだと思いつつ、善意ついでにスプライト画像を切り出してあげる僕は優しいと思います。

自分たちのシステムに組み込む素材を自分たちの手で用意できないのって、どうかなと思います。WEB上のシステムを扱う会社として、やる気があるんでしょうか? 世の中って売り手市場なの?

ありがとう 岡本おさみ

12月
18

思春期のなかば、周回遅れのフォークソングファンというか70年代あたりの昭和好きな僕はWOWOWの24時間放送のフォーク映像年鑑をVHSで3倍速録画するためにビデオデッキの前に布団を敷いてカセットを入れ替えた。既に平成だったが、やはり親世代の青春時代の昭和の映像だった。

4本のビデオテープの中で知らない曲、あまり興味がわかないアーティストもあったが、岡林やはっぴいえんどが気になりはじめ、やがて拓郎が歌う岡本おさみの歌詞が好きになった。

彼はまた旅に出たんだと思う



佐野事変とオリジナリティについての誤解

8月
17

今、世間を騒がせているオリンピックのエンブレムについては別にそのままでもいいと個人的には思う。
サントリーがお金すごい出してるかは知らん。だから、このことはよくわからん。

だが、社会のなかのデザイン業を考えた場合、デザイナーってオリジナルなものを作ることが最重要課題じゃないことのほうが多いと思う。
佐野研二郎さんの件の影響でそこが逆向きに誇張されないようになればいいけど・・・。
どうやら佐野さん自身は意図せず、こうなってしまっているので、作者へのリスペクトやオマージュ以前の問題で渦中の人になってしまったとして、デザイン業界がとても小さく社会に対して閉ざされた業界という見方が広まっているようです。実際に最近の僕はそう感じるところもある。軽さというか表面上というか。それは自分ものっかてるところもあるし、商売で考えるとそっちのほうが楽だ。

他方、ポストインターネットと言われてから、皆がオリジナルなモノを作れると錯覚しているのかもしれないけど、写真を撮る機械以外はオリジナルなものを作る方法と著作の価値は100年前からかわっていないと思います。確かに表現の幅は広がり、目立ちたい人は目立ちやすくなった。そのかわりに衰退したものもあるし、スピードが最重要課題で、それを求められてそれに答えようとするクリエイティブも正しい。

だが、思い返してみれば、オリジナルなものってすごく価値あるはずです。
何かの影響を受けて作られたものはオリジナルなモノなのか、そうでないのかでいえば、それは個人の目や耳を通し脳が表現したものなので、つまり個人というオリジナルなものが表現した何かです。それがアートの本質であり、デザインとアートに境界や違いがあるとすれば、デザインはそのアートのわかりやすいアーティスティックな部分の一部だけを手法として使う。
それがアートワークといわれ、それを導くのはアートディレクションという仕事です。
デザインの仕事の実務はアートと重なる部分が多少あるにせよ、アートそのものとは違う。
それどころか世の中が複雑になったのと同じく、デザインの仕事の領域はより広くなって、複雑になりました。故にどちかといえば、社会に影響を与えるべき仕事です。それがなぜ閉ざされた業界なになってしまっているのか?
まったく原因がよくわからないというか、わかってるけど間違えをただす人も少ないというか・・・。

個人的にはアートは昔から閉ざされた世界でいいと思っているし、それを許さない理由もありません。また、デザイナーとアーティストを同義だと思っている人も、まだまだかなり多いです。
それどころかデザインとアートに境界なんてないというデザイナーもいます。
しかし、僕はデザイナーとアーティストという呼び方が違うわけだから、その意味はやっぱりちがうなあと思います。

社会に影響を及ぼさない仕事って実は世の中にないのです。
デザイナーっとはアーティストやアートから影響をかなり受けている部類の職業の人たちですが、社会人であることが条件です。やはり、ほかの業種と同じで能力は個人個人あります。
アーティストはその条件がまったく満たされなくても、アーティストであることを許されます。
両方できる人もいるかもしれないけど、浅いかすごい能力のある人かどっちかです。

なので、なんでこんなこと何年もやってるのと世の中から思われても、衝動でやり続けてる人の作るものや奇跡的に生まれるオリジナリティはそんなに簡単に手に入れられないものであるということではないかな。

平和について

7月
02

そこそこに忙殺されて、仕事の帰り道に虫がないていた。

僕が小さい時、大人たちは日本には四季があるからいいと言っていたのを思い出した。
「あー、四季って嫌だな〜。梅雨はジメジメするし、雨でびしょびしょになるし。一年中、春だったらいいなになぁ」
と思ったものだ。

虫の声とか四季のわびさびみたいなものをしばらく感じる気持ちもなかった。
今夜は春を終えて、梅雨の夜に虫の声をきくと、「夏がきたな」と感じるようになっていることに気づいた。

四季に感銘するなんて自分も歳をとったと思うと同時に
こんな気持ちは日本人全員に染みついていて、
自分も日本人としては遺伝子に刷り込まれているん感覚があるのだなと思う。
短歌や俳句みたいなものは、今もサブカルチャーにつながる情緒を表現するものだし、
なるほどオールド日本人の感覚というのはモダンで普遍だとも気づく。

今日は総理大臣が閣議決定された集団的自衛権について演説した。
大小さまざまな平和と殺し合いは世界中で繰り返されているにもかかわらず、
平和とは平和のことを考えなくなることだったのかもしれない。
ましてや殺し合いのことなんか忘れてしまっている。
どこからどこまでを平和ととらえ、殺し合いととらえるかは、
四季の情緒と同じぐらい曖昧で、同じだ。

本質は殺伐とした世界に生きたくない。ただ、それだけだ。

海外ではホームページ構築のCMSがしのぎを削っているらしい

8月
08

K社の社長から更新費が高いのではないかと言われました。
確かにサイトを作ったときから比べるとWebの世界はめまぐるしく変貌しました。
ソーシャルメディアの夜明けといわれて久しく、デバイスも携帯からスマホやタブレットに変わり、
日本でもFacebookやLineなどのSNSを誰でも参加する時代になっています。
数ヶ月前、カメラマンの個人サイトで相談がり、「Wixってどうなの?」と言われました。
このときあまりよく理解していませんでしたが、このようなサービスをWebsite Buliderというそうです。
そして、英語圏では今Wixなど4社の競合の対決の様相のようです。
ユーザーはWixが一番多く、Weebly、Jimdo、Squearspaceと続くのではないかと思います。
英語版のみであっても、どれも今風のサービスでUTF-8なので、
通常の運用でデバイステキストで日本語が文字化けることはありません。
それぞれ特徴があります。デザイナーの視点から比較してみましょう。

 

(参考記事)Wix vs Weebly vs Squarespace vs Jimdo – Pros and Cons of Each

 

Wix(日本語版あり)★★★☆☆
選択肢は多いがデザインはやや大衆的。
レスポンシブや判定などでタブレットやスマホには対応していないが、
HTML5で閲覧できるレベルのテンプレートが豊富。
容量や帯域幅で価格が違う。日本国内のEコマースに対応。

 

Jimdo(日本語版あり)★★★☆☆
テンプレートのデザインはやや単調。
レスポンシブなテンプレートはないが、デバイス判定によりスマホには対応できる。
ただし、スマホ版のテンプレートは少なく、PC版のテンプレートとデザインのトンマナをあわせられるわけではない。
管理画面ではメールアドレスやメルマガのコントロールもできるようだが、プランによって使える機能がちがうので、がっかりする部分もある。デザインカスタマイズはしにくい。日本国内のEコマースに対応。

 

Weebly(英語版のみ)★★★★☆
デザインは洗練されているが、管理画面もわかりやすい。
複数の管理者の権限をわけられるのは便利。
管理画面がリニューアルされて、英語がわからなくても直感的でわかりやすく使いやすい。
Eコマース決済は実質Paypalのみ。

 

Squarespace(英語版のみ)★★★★★
テンプレートデザイン、管理画面などがもっとも洗練されている。
それゆえに敷居が高いと感じるかもしれない。
小規模なアパレルやデザイナー、フォトグラファーなどにはとてもおすすめ。
基本的にレスポンシブ
Eコマースは決済が国内非対応不可能。

 

<追記>

Virb(英語版のみ)★★★☆☆
以前はSNSに近いノリだったような気がするが、
サイトビルダーの世界では古い部類なのではないだろうか?
テンプレートのバラエティがやや物足りない。
アーティストやミュージシャンの利用が多いと思われるので、
特化しているテンプレートかもしれない。
管理画面は洗練されている。

国産のサービスはWindowsのスクリーンフォントがギザギザなうちは無理だな。

ある時代、奇特だった「ミニマル」くんが危篤あるいは既得に関する駄文

9月
29

情報や形の量を少なくする、いわゆるひき算のデザインというのは、
どう頑張っても「無」にはなれない。そして「駄」であってはならない。
しかし誰も「無」でありたいとは思っていない。

考えてみれば、ミニマル思想のプロダクトの表現は
随分と先進性というより、アップルの2回目の成功以降はオーソドックスになった。
昔からあんまり好きじゃなかったけど、私は、
これはもはや追求するべきものではない
と、思い始めている。

20世紀からこれまでのところの流れを見ていると、
どうも俳句や禅の「わびさび」というものとの本質的な共通点は今のところは存在しない。
ある意味でサンセリフ体と親和性が高い様式でしかないのではないか?
はたまた「余計な要素を追加するな」 という、
依頼主や世間へのプロパガンダにも似た警告ではないか?

優れたアートは否定や肯定もせず、意味すら持たないと思うが、
たぶん「ミニマル」は、「無」になれない以上はアートの延長線上にはなるわけがないのであろう。
それらはいったいなんなのだろうか?結局、存在を強調するだけのフィルターなんじゃないのか?
引き続き様子を見てみたいと思うが、そこには確実に私が愛する情緒という余計なものはない。

O2OってARからしくみを逆行してまで話題化してるのに、どう考えてもコストがかかる

9月
09

最近、どこからの発祥かわからないけど(たぶんアメリカのテック系から)、O2Oという言葉を耳にしますね。
オンライン to オフラインの略です。Boys2Menみたいな、いかにも考えた人の性格が出ています。

数年前にはARが空前のブームを迎えていました。
セカイカメラから始まり、AR3兄弟というユニットまで現れ、業界が活気づきました。
このときは技術者がしくみを解説し、動画をみて「おー!」となったものです。

昨今のO2Oの話題化は海外の受け売りだと思いますが、わざわざ技術的な話も必要なく、
ARよりも先端性はありません。
僕には今のところ、ARを超える真新しさはなく、わざわざいかにも新しい風にキーワードかしているだけの言葉に思えます。
関係者も「あーそうだよ」と言うだけでに違いありません。
では、なぜO2Oが、今さら取り沙汰されているのでしょうか?
スマートフォンの普及とか、新しい技術とかではなく、
乖離してしまったリアルとバーチャルの格差の補完計画の合図だと思います。
噛み砕いていうと、オッサン対ワカモノみたいな感じです。

で、オッサンにもわかりやすく説明しますと。
オッサンはいいものを選ぶのでお金がかかります。生身が必要な分野は絶対になくならないし、
その分野では若者よりも一日の長がある。給料も高い。
ワカモノは経験がなく近代化された教育の分、給料が安く効率がいい。使い回しもきく。

もう一度、話を戻してみましょう。
前述の例えで、
オッサンを「商品」「実店舗」「流通」、
ワカモノを「コンテンツ」「EC」「テクノロジー」
と置き換えてもさほど感覚的なズレはありません。
これらはここ10年ぐらいのあいだに、対立してきた仕組みです。
ここに来て、維持を張り合っていたお互いが擦り寄らなければ、
市場が膠着する事態になったんではないでしょうか? とくに日本の経済。
たぶん新しいことを思いつくまでの時間稼ぎです。
O2Oはオッサンを説得しつつ、IT住民にブルー・オーシャンを提供するために生まれた
講和条約の条文です。どちらが有利か?答えはわかっています。
アナログなオッサンからこんな話が持ち上がるはずがありません。
コストが掛かるし、コンバージョンも曖昧にします。
オッサンの弱点そのものです。

綾小路きみまろ風に言えば、
オッサンはオッサン同志でやってればよかったのに〜。
オッサンは騙されてはいけません。欲しいのはオッサンじゃないのよ、オッサンのもっているお金なのよ。
いつの時代もオッサンの未来はワカモノの絶望でした。これはワカモノからの静かな報復かもしれません。
そしてオッサンがワカモノになることはありません。10年間見向きもせず、左方成長し続けた技術。
もはやWEBを根性論で理解するのは無謀の極み。

そして21世紀のテクノロジーはリアルな世界でしかなしえなかった、
アナログな分野も侵食し始めることでしょう。

クーポンやポイント配布、在庫情報、あるいはNFC。手垢まみれです。
そもそもオンラインとオフラインって、数年前から境目なんかなくなってるような気がするので、
O2Oという言葉を覚えなくていいかといえば、そうではありません。
オッサンを説得するのに、3文字以上書かなくて済むから便利です。

繰り返される時間の無駄

7月
22

体験に基づく、誰ということはないふわったした概念です。

日本の社会構造はそういった効率だけではない
概念で安定した産業活動を保っていた経緯があります。
しかし構造そのものは安定を目指しているわけだから、
根底にある思想 が変化を求めるニーズと真逆にあります。

大概の場合、ボスなる人物はこの構造を理解していないわけではなく、
人間の成長のためとか組織の均衡というお題目で変化に消極的です。

時代が急激に動こうとしているときは、
ボスなる人物達は極めて変化するためのアクションを意識しなければいけないと思います。
外部や部下から提案される資料から過去の数字と機能の提案があるとすれば、
数字より機能を優先するべきです。
なぜならば、ユーザ―ビリティーというのは機能があってはじめて数字にあらわれます。
前提がちがう数字なんて参考にしても「ある」とき「ない」ときの「ない」ときの意味しかありません。
つまり、それまで「なかった」ことなのです。
仮説以下のことについて、何時間も何日も議論する時間がもったいないです。

写真が先かコピーが先か

7月
07

デザインの仕事でラフを切るというステップがあります。
これは撮影や取材などで現場のモデルやスタッフにコンセンサスを得るためのものです。
また、デザイナー本人が自分の考えをまとめるためのものです。
現在、デザイン界でコピーライター専業でやれてる人はほとんどいないと思います。
いても一握りので、バブル後の人ではおそらくいない。
傍らで編集や取材もやってる人とか広い意味で企画もやってる人など様々です。
しかし、ライティングという仕事はなぜか残っていて、

ライティングがラフを切るときに明確になっていると、
写真もそれにあわせて撮ります。ま、コンセプトですね。
逆にライティングできてないで写真を撮るという場合、
写真にあわせてコピーを考えます。

どちらでもいいけど、それらと付き合い続けるのってタフだわ