体が硬いどっとこむ

公式な方法に準拠して、WordPressにtwitterボタンをカスタマイズして挿入する方法

5月
24

20011年5月20日あたりから、twitterボタン(ツイートする)ボタンの暗黙の了解というか先人の知恵というか、普及していた、
「http://twitter.com/home?status=hogehoge」 っていう方法が使えなくなってしまったようです。

公式ツイートボタンを設置している場合は気になりませんが、ボタンの形状をカスタマイズしたい場合、これは痛い。
公式なウィジェットJavascriptとそのなかのiFrameで自動的にスタイルを定義されてしまいますので、ボタンの形状やスタイルを適用できません。
ゴニョゴニョやっててもJS→iFrame→そのなかのCSSまで追いかけないといけない。

しかし、最も簡単な方法に到達しました。
特にWordpressでスタイルをあわせているような人も少なくないのではないかと思います。

デベロッパーズの解説では少し分かりにくいっていうか、読んで思い出すのが面倒くさいのでメモです。

WordPressではタイトルからのような動的な文字列を渡せるので、この方法は汎用性があると思います。

アンカー(Aタグ)パラメータ付きURLを記述してblankウィンドウを開くだけです。
公開された公式な方法(http://twitter.com/home?ではなくhttp://twitter.com/share?のほう)だと、URLエンコードは属性パラメータのlang=jaにするだけで、自動的にエンコードしてくれるみたいです。わざわざエンコードしないでもいいなんて、最高!さすが公式!
もしかしたら、古いブラウザだとやっぱエンコードしないとだめかも!

以下、Wordpressの場合で自動的にtwitterの入力フォームや値を渡すパラメータ名

url <?php the_permalink() ?>
via 自分のtwitterアカウント
text <?php the_title(); ?>(記事のタイトルを入れる場合)
related 関連アカウントとか自分のアカウント(入れても入れなくても可)
count カスタマイズの場合いらないかな?
lang 日本語ではja
counturl カスタマイズの場合いらないかな?

記述例:

<a href=”http://twitter.com/share?text=<?php the_title(); ?>&amp;via=自分のアカウント&amp;lang=ja&amp;url=<?php the_permalink() ?>” target=”_blank”>ここにボタン画像とかテキストとか</a>

テキストだとこんな感じ
超簡単!

5/26追記:
公式の情報があった
http://dev.twitter.com/pages/intents
ちなみに「http://twitter.com/?status=hogehoge」だったら、まだ有効だった。
なんなのこれ。

ほんでちょっと詳しい記事も見つけました
http://blog.diginnovation.com/archives/1042/

染みる歌

5月
11

2ヶ月前に東北大震災があって、最初はなにかするのが罪なのではないかと思いました。
そして、数日後には何かしてあげたいけど、何もできないという気持ちになり、
何も出来ない自分が不甲斐ないと感じ、それどころか、何かやろうとしている振りをして、
やらない人に憎しみというほどではないけど、嫌悪感をいだいてしまいました。
それはつらく、そして、どうしようもないのだということも知りました。

関西出身の僕は東北のことはあまり知りませんでした。
しかし、東京にいてもあれだけ地震の大きさを感じ、
そして毎日の情報で日本中が暗くいたたまれない気持ちになっていたと思います。

そして、今日、2ヶ月が過ぎました。
依然として、震災の爪あとは被災地の人たちに
想像もつかない悲しみと負担を強いているのだと思います。
個人的には数日間は仕事が 手につかず、原発や被災地の情報に意識が向きました。
そんな時は多分、音楽だけが 人を救えるのだと思いました。
自分が好きだった音楽はオールドロックでした。
日本語のフォークも好きでした。

もはや当時、何が心に響いたのか、何が好きだったのかわかりません。
今、聞き直すと違ったもっと深い聞こえ方の曲が心に染みました。

 

君に捧げるラブソング

作詞/作曲 岡林信康

悲しみにうなだれる 君を前にして
そうさ何も出来ないでいるのがとてもつらい
せめて君の為に歌を書きたいけど
もどかしい思いはうまく歌にならない
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブソング

君の痛みの深さは わかるはずもない
何か二人遠くなる 目の前にいるというのに
そうさ僕は僕 君になれはしない
ひとり戦うのを ただ見つめているだけ
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブソング

二人はためされてるの 君は僕の何
これで壊れてゆくなら 僕は君の何だった
何も出来はしない そんなもどかしさと
のがれずに歩むさ それがせめてもの証し
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブソング
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブソング

君に捧げるLove Song

東北2日目の出来事

5月
04

東北1日目の5月2日。「今日の総括。来てみた、東北」では、被災地とはどういうものだったかをトミさんに見せてもらって、盛岡のビジネスホテルに泊まりました。

暗い話ばかりではありません。
ある意味、確かめたかったのは2日目。

それは、僕が勝手に子供の日に鯉のぼりを楽しめないのは可哀想だと思って、
トミさんと相談した結果、僕が調達、トミさんが現地に届けた、絵を描ける鯉のぼりのことでした。

5月3日。 晴れ。東松島の避難所になっている場所で、
トミさん「子供たちや爺さん婆さんを集めてやるらしいから行って、一緒に描いたって〜。芸大やろ(笑)」
僕「いやいや、 僕、そういうの苦手ですから」
みたいなやり取りがあって、東北に来たということもあり。

「子供なんて、場所とモノがあれば、なんでも楽しめる能力がありますよ」と、最初は言っていた僕です。わりと確信めいてはいましたが、「描くんか〜。ふ〜」って気分で2日目を迎えました。

ホテルを早めにでましたので、時間が余ってます。
観光も東北の経済には大事なことだということで、昨日話題になった中尊寺金色堂へ。


残念ながら、金色堂は撮影はできませんでした。 まさに金色の狂気の傑作でした。

そんなことをして、いよいよ東松島に行く途中、事故渋滞。
あら?あんなにあった時間に余裕が。。。
トミさん「やべー、昼飯、食う時間がねーなー」
偶然見つけた黒いテント。「入ろう!ここしかない」


いけてる!780円だったと思う。
トミさん「ここで、まさかの当たりだったね」
安いわ、旨いわ、なかなかでした。

名前はなんだっけ?利助(りすけ)。うーん。。。

トミさん「ははは。結構、きいたことあるね〜」
僕「ほんとっすね。打ち上げはリスケでお願いします。みたいなw」
トミさん「どっちの意味ですか?みたいなw」

さて、ギリギリ3分前に我々、到着しました。
すでにもう佳境に入っておりまして、 鯉のぼりは完成間近でした。

すばらしい!子供が楽しんでいるどころか、お年寄りの方も参加して、色付けたり、絵を描いたりしてるやん!
親御さんなんか写真とってるし。一時はどういうテンションで現場どうなるのかと危惧していましたが、
芸大生というレッテルとワークショップが苦手という僕の杞憂は意味のないものでした。

無事、鯉のぼりも掲げられて、やってよかった。僕とトミさんの自己満足だったとしても、これならば良いでしょう。

今日の総括。来てみた、東北

5月
03

お疲れさまです。と言ってみます。
僕は東北にくるつもりはありませんでした。
しかし、神戸の大震災のときも大阪で高校生だった僕は現場を見る行動力もなく、
少し、大人になった今でもあまり変わっていません。
あの頃よりもお金も少しは自由に使えて、大人という権利を得て、
東北に関わりのある友人もできました。

そして、3.11以降、みなさんが故郷でもないけど、なにかしたいけど、
どうしていいかわからないモヤモヤを抱えながら、何も出来ない状況。
僕もそのひとりでした。

人間的にも、クリエイターとしても身近な先輩の写真家の高橋富之さん(以下、トミさん)声をかけていただき、
東北にきました。トミさんは岩手の人ではありません(福島の人です)が、作品撮りは東北が多く、
4月27日から東北にきてボランティア等にも参加し、もはやコーディネーターのようです。
この状況を見て欲しいという意思も感じて、
僕も自分なりに満足のいく仕事はまだまだ出来ているとは言えませんが、
クリエイティブなお仕事で発信側に立つ人間として、変な話ですが、
ヒトの叡智や文明では、どうしようもないけど、逃れようのない状況を見ておくのも
避けられないのではないかと思い、東北にきました。

 

一ノ関に到着。何気ない日常の東北。
トミさん「一ノ関も見たいところいっぱいあるんだよね。
尊王時、金色堂なんか」
土地勘のない僕には近いのか遠いのかわかりませんが、
一度、見てみたいとおもいました。
東北が大変だと思ってきたのに、のどかなゲートです。

 

ヤバいところにいく前に、食べないと、この後は食べられないということで、
ラーメン福福にきました。

キャラクターや文字のあしらいから、正直、あまり期待していませんでした。
でも、ここは東北、そんなことは関係ありません。
東京とは違う勝負をしている店なのかもしれません。

ラーメンは写真のとおり、桶ほどあるサイズの器に注がれたスープ。
ピリ辛トンコツラーメンを汗をかきながら食べました。
そこそこにおいしいです。東京だったら雑誌に載っているくらいインパクトあります。
まーまー、そこそこ、うまいじゃねーか。と、束の間。

腹ごしらえも済んだところ、2〜30分程度、来るまで気仙沼付付近まで移動。
何となく予想していた光景が視界に入ってきました。

舟が陸地にぽつんとあります。
シュールです。被災地でした。

瓦礫などは当然あるでしょう。と、思いつつも、おもむきを残したまま、
酒、たばこ、サントリーの文字すら違う感想を抱きます。

気仙沼は有数の漁港とききます。それ以上に横たわる交通標識は視覚的にシュールで、
自分がデザイナーで、この状況でどうしてもシュール以外の表現と感想を吐き出せない職業病的な
なにかが、まだまだ未熟なの性格なのか冷静なのかわかりませんでした。

少し、場所を移して、同じ気仙沼の川沿いだった場所にきました。
先ほどの船よりももっと、陸の上の瓦礫と一緒にあるこの景色。
周囲一面、村だったのか街だったのか、住宅地だったのか、もはやわからない景色。


なんだろう?このカモメ?

裏面です。

はたと、ここは駅だったのかと気づきます。
鹿折唐桑駅。あのカモメは駅前のモニュメントだったということでしょうか。

駅の待ち合い室の向こう。奥に車が横たえたままです。
ベンチが横一列に律儀にならび、この土地の雰囲気とあいまって、
無機質でそのままな物質の訴えを投げかけます。

塩害なのか、焼けて酸化したのかまったくわかりません。
車はひしゃげて、塗装ははげ、褐色というより、茶色のオブジェのように見えます。

ここはトミさんもはじめて来たのことですが、2人とも何かを感じずには得られません。

このあと、もっともどうしようもないくらい、震災以前は街だった場所の
陸前高田を訪れました。もはや、街すべてがなくなった情景になっており、
僕の写真ではあまり意味がなく、表現もできず、あたり一面が壊滅していたので、
写真を撮る気にもなりませんでした。
大船渡も陸前高田ほどではないにしても、来てみないとわからないほど、海水は残ったままの状況が散見される、
報道ではわからなかった、景色が視界を染めています。

しかし、被災地はここだけではないにしても、津波や地震で倒壊していない地域は以前と同じように、
いや、それは難しいかもしれませんが、飲食店は通常通り営業しているし、人々は粛々と生活しています。
確かに水産業は大きなダメージを受けたのかもしれません。報道されている部分は良くも悪くも一部分にすぎません。
道一本へだててれば、精神的なダメージはあるにせよ、元の日常を取り戻そうと努めているように見受けられます。
ボランティア経験したトミさんの話だと、すでに物資は余剰しており、
ボランティアの人たちに水だけでなく、ウェットティッシュや乾物食品が配られるほどだそうです。

都会にいながら原発や経済の影響に危惧することも当然だし、今でも僕はそうです。
でも、悲観して、ソワソワするのは来てみてからでももいいと思いました。
コマーシャルのように、がんばろうなどというのも違います。すでに東北はがんばっています。 俺もがんばる。