体が硬いどっとこむ

平和について

7月
02

そこそこに忙殺されて、仕事の帰り道に虫がないていた。

僕が小さい時、大人たちは日本には四季があるからいいと言っていたのを思い出した。
「あー、四季って嫌だな〜。梅雨はジメジメするし、雨でびしょびしょになるし。一年中、春だったらいいなになぁ」
と思ったものだ。

虫の声とか四季のわびさびみたいなものをしばらく感じる気持ちもなかった。
今夜は春を終えて、梅雨の夜に虫の声をきくと、「夏がきたな」と感じるようになっていることに気づいた。

四季に感銘するなんて自分も歳をとったと思うと同時に
こんな気持ちは日本人全員に染みついていて、
自分も日本人としては遺伝子に刷り込まれているん感覚があるのだなと思う。
短歌や俳句みたいなものは、今もサブカルチャーにつながる情緒を表現するものだし、
なるほどオールド日本人の感覚というのはモダンで普遍だとも気づく。

今日は総理大臣が閣議決定された集団的自衛権について演説した。
大小さまざまな平和と殺し合いは世界中で繰り返されているにもかかわらず、
平和とは平和のことを考えなくなることだったのかもしれない。
ましてや殺し合いのことなんか忘れてしまっている。
どこからどこまでを平和ととらえ、殺し合いととらえるかは、
四季の情緒と同じぐらい曖昧で、同じだ。

本質は殺伐とした世界に生きたくない。ただ、それだけだ。

Comments

Comments are closed.