O2OってARからしくみを逆行してまで話題化してるのに、どう考えてもコストがかかる

最近、どこからの発祥かわからないけど(たぶんアメリカのテック系から)、O2Oという言葉を耳にしますね。 オンライン to オフラインの略です。Boys2Menみたいな、いかにも考えた人の性格が出ています。

数年前にはARが空前のブームを迎えていました。 セカイカメラから始まり、AR3兄弟というユニットまで現れ、業界が活気づきました。 このときは技術者がしくみを解説し、動画をみて「おー!」となったものです。

昨今のO2Oの話題化は海外の受け売りだと思いますが、わざわざ技術的な話も必要なく、 ARよりも先端性はありません。 僕には今のところ、ARを超える真新しさはなく、わざわざいかにも新しい風にキーワードかしているだけの言葉に思えます。 関係者も「あーそうだよ」と言うだけでに違いありません。 では、なぜO2Oが、今さら取り沙汰されているのでしょうか? スマートフォンの普及とか、新しい技術とかではなく、 乖離してしまったリアルとバーチャルの格差の補完計画の合図だと思います。 噛み砕いていうと、オッサン対ワカモノみたいな感じです。

で、オッサンにもわかりやすく説明しますと。 オッサンはいいものを選ぶのでお金がかかります。生身が必要な分野は絶対になくならないし、 その分野では若者よりも一日の長がある。給料も高い。 ワカモノは経験がなく近代化された教育の分、給料が安く効率がいい。使い回しもきく。

もう一度、話を戻してみましょう。 前述の例えで、 オッサンを「商品」「実店舗」「流通」、 ワカモノを「コンテンツ」「EC」「テクノロジー」 と置き換えてもさほど感覚的なズレはありません。 これらはここ10年ぐらいのあいだに、対立してきた仕組みです。 ここに来て、維持を張り合っていたお互いが擦り寄らなければ、 市場が膠着する事態になったんではないでしょうか? とくに日本の経済。 たぶん新しいことを思いつくまでの時間稼ぎです。 O2Oはオッサンを説得しつつ、IT住民にブルー・オーシャンを提供するために生まれた 講和条約の条文です。どちらが有利か?答えはわかっています。 アナログなオッサンからこんな話が持ち上がるはずがありません。 コストが掛かるし、コンバージョンも曖昧にします。 オッサンの弱点そのものです。

綾小路きみまろ風に言えば、 オッサンはオッサン同志でやってればよかったのに〜。 オッサンは騙されてはいけません。欲しいのはオッサンじゃないのよ、オッサンのもっているお金なのよ。 いつの時代もオッサンの未来はワカモノの絶望でした。これはワカモノからの静かな報復かもしれません。 そしてオッサンがワカモノになることはありません。10年間見向きもせず、左方成長し続けた技術。 もはやWEBを根性論で理解するのは無謀の極み。

そして21世紀のテクノロジーはリアルな世界でしかなしえなかった、 アナログな分野も侵食し始めることでしょう。

クーポンやポイント配布、在庫情報、あるいはNFC。手垢まみれです。 そもそもオンラインとオフラインって、数年前から境目なんかなくなってるような気がするので、 O2Oという言葉を覚えなくていいかといえば、そうではありません。 オッサンを説得するのに、3文字以上書かなくて済むから便利です。

繰り返される時間の無駄

体験に基づく、誰ということはないふわったした概念です。

日本の社会構造はそういった効率だけではない 概念で安定した産業活動を保っていた経緯があります。 しかし構造そのものは安定を目指しているわけだから、 根底にある思想 が変化を求めるニーズと真逆にあります。

大概の場合、ボスなる人物はこの構造を理解していないわけではなく、 人間の成長のためとか組織の均衡というお題目で変化に消極的です。

時代が急激に動こうとしているときは、 ボスなる人物達は極めて変化するためのアクションを意識しなければいけないと思います。 外部や部下から提案される資料から過去の数字と機能の提案があるとすれば、 数字より機能を優先するべきです。 なぜならば、ユーザ―ビリティーというのは機能があってはじめて数字にあらわれます。 前提がちがう数字なんて参考にしても「ある」とき「ない」ときの「ない」ときの意味しかありません。 つまり、それまで「なかった」ことなのです。 仮説以下のことについて、何時間も何日も議論する時間がもったいないです。

写真が先かコピーが先か

デザインの仕事でラフを切るというステップがあります。 これは撮影や取材などで現場のモデルやスタッフにコンセンサスを得るためのものです。 また、デザイナー本人が自分の考えをまとめるためのものです。 現在、デザイン界でコピーライター専業でやれてる人はほとんどいないと思います。 いても一握りので、バブル後の人ではおそらくいない。 傍らで編集や取材もやってる人とか広い意味で企画もやってる人など様々です。 しかし、ライティングという仕事はなぜか残っていて、

ライティングがラフを切るときに明確になっていると、 写真もそれにあわせて撮ります。ま、コンセプトですね。 逆にライティングできてないで写真を撮るという場合、 写真にあわせてコピーを考えます。

どちらでもいいけど、それらと付き合い続けるのってタフだわ

タブーと思想

10%の消費増税法案が可決され、大飯原発の再稼働が決定しました。 このようなとき、欧米ではデモや抗議が起こると聞きます。

日本の場合はいつ頃からか、政治や宗教を人前でに口にするのはタブー。 ビジネスマンのたしなみみたいになっています。

それはよくないというか、日本のサラリーマンが世代を超えて長きにわたり、 社畜教育されてしまった結果かもしれません。 それが大多数の意見として社会を構成してしまった。 この”たしなみ”が今日の日本の政治の堕落の原因のひとつではないでしょうか?

この場合の”たしなみ”とは、「慣習への節度」ということなんですが、 それが政治への無関心や社会の無気力を助長してきたのではないかと思います。 ビジネスマンの営業のたしなみであって、社会人のたしなみではないと思います。 そもそも、たしなむ必要ないし。

特にクリエイターやミュージシャンは もっと思想や主義をもって活動するべき時代になったと思います。

公式な方法に準拠して、Wordpressにtwitterボタンをカスタマイズして挿入する方法

20011年5月20日あたりから、twitterボタン(ツイートする)ボタンの暗黙の了解というか先人の知恵というか、普及していた、 「http://twitter.com/home?status=hogehoge」 っていう方法が使えなくなってしまったようです。

公式ツイートボタンを設置している場合は気になりませんが、ボタンの形状をカスタマイズしたい場合、これは痛い。 公式なウィジェットJavascriptとそのなかのiFrameで自動的にスタイルを定義されてしまいますので、ボタンの形状やスタイルを適用できません。 ゴニョゴニョやっててもJS→iFrame→そのなかのCSSまで追いかけないといけない。

しかし、最も簡単な方法に到達しました。 特にWordpressでスタイルをあわせているような人も少なくないのではないかと思います。

デベロッパーズの解説では少し分かりにくいっていうか、読んで思い出すのが面倒くさいのでメモです。

Wordpressではタイトルからのような動的な文字列を渡せるので、この方法は汎用性があると思います。

アンカー(Aタグ)パラメータ付きURLを記述してblankウィンドウを開くだけです。 公開された公式な方法(http://twitter.com/home?ではなくhttp://twitter.com/share?のほう)だと、URLエンコードは属性パラメータのlang=jaにするだけで、自動的にエンコードしてくれるみたいです。わざわざエンコードしないでもいいなんて、最高!さすが公式! もしかしたら、古いブラウザだとやっぱエンコードしないとだめかも!

以下、Wordpressの場合で自動的にtwitterの入力フォームや値を渡すパラメータ名

url <?php the_permalink() ?>
via 自分のtwitterアカウント
text <?php the_title(); ?>(記事のタイトルを入れる場合)
related 関連アカウントとか自分のアカウント(入れても入れなくても可)
count カスタマイズの場合いらないかな?
lang 日本語ではja
counturl カスタマイズの場合いらないかな?

記述例:

<a href="http://twitter.com/share?text= the_title(); ?>&amp;via=自分のアカウント&amp;lang=ja&amp;url=<?php the_permalink() ?>" target="_blank">ここにボタン画像とかテキストとか</a>

テキストだとこんな感じ 超簡単!

5/26追記: 公式の情報があった http://dev.twitter.com/pages/intents ちなみに「http://twitter.com/?status=hogehoge」だったら、まだ有効だった。 なんなのこれ。

ほんでちょっと詳しい記事も見つけました http://blog.diginnovation.com/archives/1042/

染みる歌

2ヶ月前に東北大震災があって、最初はなにかするのが罪なのではないかと思いました。 そして、数日後には何かしてあげたいけど、何もできないという気持ちになり、 何も出来ない自分が不甲斐ないと感じ、それどころか、何かやろうとしている振りをして、 やらない人に憎しみというほどではないけど、嫌悪感をいだいてしまいました。 それはつらく、そして、どうしようもないのだということも知りました。

関西出身の僕は東北のことはあまり知りませんでした。 しかし、東京にいてもあれだけ地震の大きさを感じ、 そして毎日の情報で日本中が暗くいたたまれない気持ちになっていたと思います。

そして、今日、2ヶ月が過ぎました。 依然として、震災の爪あとは被災地の人たちに 想像もつかない悲しみと負担を強いているのだと思います。 個人的には数日間は仕事が 手につかず、原発や被災地の情報に意識が向きました。 そんな時は多分、音楽だけが 人を救えるのだと思いました。 自分が好きだった音楽はオールドロックでした。 日本語のフォークも好きでした。

もはや当時、何が心に響いたのか、何が好きだったのかわかりません。 今、聞き直すと違ったもっと深い聞こえ方の曲が心に染みました。

 

君に捧げるラブソング 作詞/作曲 岡林信康 悲しみにうなだれる 君を前にして そうさ何も出来ないでいるのがとてもつらい せめて君の為に歌を書きたいけど もどかしい思いはうまく歌にならない 今 書きとめたい歌 君に捧げるラブソング 君の痛みの深さは わかるはずもない 何か二人遠くなる 目の前にいるというのに そうさ僕は僕 君になれはしない ひとり戦うのを ただ見つめているだけ 今 書きとめたい歌 君に捧げるラブソング 二人はためされてるの 君は僕の何 これで壊れてゆくなら 僕は君の何だった 何も出来はしない そんなもどかしさと のがれずに歩むさ それがせめてもの証し 今 書きとめたい歌 君に捧げるラブソング 今 書きとめたい歌 君に捧げるラブソング

君に捧げるLove Song

東北2日目の出来事

東北1日目の5月2日。「今日の総括。来てみた、東北」では、被災地とはどういうものだったかをトミさんに見せてもらって、盛岡のビジネスホテルに泊まりました。

暗い話ばかりではありません。 ある意味、確かめたかったのは2日目。

それは、僕が勝手に子供の日に鯉のぼりを楽しめないのは可哀想だと思って、 トミさんと相談した結果、僕が調達、トミさんが現地に届けた、絵を描ける鯉のぼりのことでした。

5月3日。 晴れ。東松島の避難所になっている場所で、 トミさん「子供たちや爺さん婆さんを集めてやるらしいから行って、一緒に描いたって〜。芸大やろ(笑)」 僕「いやいや、 僕、そういうの苦手ですから」 みたいなやり取りがあって、東北に来たということもあり。

「子供なんて、場所とモノがあれば、なんでも楽しめる能力がありますよ」と、最初は言っていた僕です。わりと確信めいてはいましたが、「描くんか〜。ふ〜」って気分で2日目を迎えました。

ホテルを早めにでましたので、時間が余ってます。 観光も東北の経済には大事なことだということで、昨日話題になった中尊寺金色堂へ。 残念ながら、金色堂は撮影はできませんでした。 まさに金色の狂気の傑作でした。

そんなことをして、いよいよ東松島に行く途中、事故渋滞。 あら?あんなにあった時間に余裕が。。。 トミさん「やべー、昼飯、食う時間がねーなー」 偶然見つけた黒いテント。「入ろう!ここしかない」

いけてる!780円だったと思う。 トミさん「ここで、まさかの当たりだったね」 安いわ、旨いわ、なかなかでした。

名前はなんだっけ?利助(りすけ)。うーん。。。

トミさん「ははは。結構、きいたことあるね〜」 僕「ほんとっすね。打ち上げはリスケでお願いします。みたいなw」 トミさん「どっちの意味ですか?みたいなw」

さて、ギリギリ3分前に我々、到着しました。 すでにもう佳境に入っておりまして、 鯉のぼりは完成間近でした。 すばらしい!子供が楽しんでいるどころか、お年寄りの方も参加して、色付けたり、絵を描いたりしてるやん! 親御さんなんか写真とってるし。一時はどういうテンションで現場どうなるのかと危惧していましたが、 芸大生というレッテルとワークショップが苦手という僕の杞憂は意味のないものでした。

無事、鯉のぼりも掲げられて、やってよかった。僕とトミさんの自己満足だったとしても、これならば良いでしょう。